明治神宮を救った 父・福島信義(1)※「神の手のミッション福島孝徳」 第8章【書籍抜粋】

Dr.福島の人生を導く神道の精神

3月のある日の早朝、明治神宮を参拝する福島に同行した。明治神宮に生まれた福島にとって、神道の精神は常に心のよりどころだった。不良になった学生時代から、人の命を預かる脳外科医となった今でも、神道は常に福島の生き方を支えている。

「明治神宮は私にとって、人生のよりどころ、心の原点です。神道とは神の道、すなわち、いつ神様に見られても恥ずかしくない振る舞いをすることだと思います。

 神道が私に与えた影響は絶大です。子供の頃から、家を出るときは『神様、学校に行ってきます』と挨拶をするほど、神様は身近な存在でした。『これをやったら神様に怒られる』というのが、私の道徳の基準です。今でも原宿駅に降り立つと、明治神宮に向かってお辞儀します」

 三井記念病院に勤務していた頃から、手術がうまくいかなかったときは明治神宮にお参りしていた福島だが、今でも来日のたびに多忙なスケジュールの合間に明治神宮に向かう。境内に足を踏み入れると、手術室の真剣な面持ちとは打って変わって、穏やかで心満ち足りた表情となった。

「参道の玉砂利を歩いているだけで、心が静まります。本殿で儀式を執り行う父の姿を覚えています。後で『お父さん、あの扉の中に何が入っているの?」と聞いたら『鏡だよ』と答えてくれました。

 鏡には自分の姿が映ります。つまり、神様は自分自身の中にいるのだと子供心に理解しました。日本人にとって神道は、宗教であると同時に、精神だと思います。外国の方に対しても、レリジョンでありスピリットと説明しています」

明治神宮_福島孝徳

 世界を舞台に活躍する福島のもとには、さまざまな宗教を持つ患者が訪れる。福島自身は、神道の教えに沿って生きているが、異なる宗教にもきわめて寛容な姿勢を持っている。

「キリスト教やイスラム教のように、心のよりどころである神様は天の高いところにいらっしゃると考える一神教に対して、神道ではすべてのものに神様の存在を認めます。でも、その違いは形式的なものであり、どの宗教の信者であっても、一人ひとりの心の中に神様が存在するのではないでしょうか? 宗教や宗派が違っても、人間としての基本は同じなのだから、私は患者さんが信じている宗教を尊重します。そして、宗教で争うのは本当によくないことだと思います」

 Dr.福島は手術室でも常に祈り続けている。

「むずかしい手術のときには「神様、どうか私に力をください」と祈ります。先日も、手術中に患者さんの容態が急変し真っ青になったことがありましたが、持ち直せたのは神の助けがあったからだと思っています。

 人間のやる仕事には限界があります。全力を尽くしたら、あとは神の助けを待つしかありません。難易度の高い手術でミラクルを起こせるのは神様が助けてくれるからです。だから『神様に怒られるようなことはしていませんよね』と常に自分を律しています」

 「神の手」と称されている福島だが、正確には「神に力を与えられた手」だ

真摯な努力を積み重ね、謙虚に神と向き合ってきたからこそ、難手術を成功させる力が与えられたのだ。

父・福島信義氏が果たした使命

福島が生まれ育った明治神宮は1945年4月14日未明の大空襲により、神宮本殿、拝殿、東西廻廊が炎上した。この日、神宮内苑に落とされた焼夷弾は1300発を超えたという。

 そして、終戦後、明治神宮は大きな危機に立たされた。

「マッカーサーは明治神宮を取り壊し国民公園にしようとしたのです。当時、明治神宮の神官の中で唯一、英語に堪能だったのが父です。外語大学で哲学を専攻し、國學院の神道部で学び、神道一筋の人生を送った父が、GHQを訪ねて行き、こう説いたそうです。『あなたがたは日本を占領できても、日本人の精神までは占領できない』と」

 取り壊しは免れたものの、野球場を始めとする神宮外苑はGHQに接収され、ブルドーザーが入り、アメリカンフットボール場が造られた。終戦までの神宮外苑は内務省管轄で、内務省から天下りした官僚が外苑部を管理していた。終戦後はGHQの大尉が外苑部の責任者になり、福島信義氏が次長に就任した。

明治神宮の神職を務めたDr.福島の父、信義氏
明治神宮の神職を務めたDr.福島の父、信義氏

 財政的な問題も深刻だった。1945年12月にGHQが発した「神道指令」により、神社は国の管理を離れ、宗教法人となった。つまり、政府からの支給金がなくなるのだ。財政面の基盤を作るためにも、信義氏は奔走した。

 外山勝志名誉宮司は1956年に明治神宮に奉職し、信義氏の右腕として明治神宮の復興に尽力してきた。

「思い返せば、明治神宮の重要な局面では必ず信義さんが担当されていました。神宮外苑は一時、民間に払い下げられそうになったのですが、信義さんが『外苑は明治神宮に付随するものであり、野球場も野球を奉納するための場所だ』と主張したのです。

 荒れ放題の明治神宮を建て直すために、さまざまな交渉を担当したと聞くと、豪腕を発揮したように思われるでしょうが、信義さんは清廉を絵に描いたような方ですから、駆け引きはあまり得意ではありませんでした。誠実で繊細、思いやりにあふれた人格の力で、『この人のためなら』と人を動かしていたのです。

明治神宮崇敬会の基礎を作ったのも信義さんです。何もないところから始まって、今では日本だけでなく世界各地にも支部を持つ大組織に発展しています」


「全力を尽くして患者さんを助けるのが、私の人生です」。
世界を飛び回り、ミクロン単位の超精密鍵穴手術を年間600件も手がけ、99%以上成功させているDr.福島は、「神の手」「ラストホープ(最後の切り札)」と呼ばれてきた。60代半ばとなった現在でも、手術にかけるエネルギーは衰えを知らない。
本書はDr.福島の常に進化している手術技術や、世界の若手医師の育成について、Dr.福島が救った数々の患者さんの体験談、日本医療の拠点となる、千葉県にオープンした塩田病院附属福島孝徳記念クリニックに賭ける情熱など、世界一の脳外科医の最新情報を掲載。
また、Dr.福島の原点となる、明治神宮の神職だった父に「人のために働きなさい」と育てられた幼少時代が語られており、すべてを患者さんのために捧げた男、福島孝徳のすべてがわかる最新刊となっている。

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2024年2月10日