臨床実習が少なすぎる日本の医学教育
▼求められているのは臨床重視のカリキュラム
ここからは医師を育てる日本の医学教育での、私が考える問題点についてお伝えします。
ここに、全国で90ある医学部・医科大学のうち、国立・公立・私立医学部の学生に行われたアンケート結果があります。ほとんどの学生が、臨床の現場に立っていないことがよくわかります。多くの大学で現在行われている早期実習は、1年のときに長くて1週間程度だそうです。医学知識がゼロの状態なので、実習というよりは、病院見学になるわけです。問題は2年から4年生の間は、ほとんど実習がないということです。普通であれば、学年があがるほど実習の時間も増えるものでしょうが、5年生になるまで臨床実習が重視されていないのが現状です。
日本と欧米の医学教育の大きな違いは、欧米は臨床重視で、学生が自分でカリキュラムを選べますが、日本は必須科目が多く、自分自身でカリキュラムは選べず、また学問重視で臨床がないがしろになっていることです。本当に大事なのは臨床なのに、日本では軽視されていて、大学で臨床を学べる時間が欧米の半分なのです。
アメリカでは高校卒業後、日本の大学にあたるカレッジで4年間勉強します。規模にもよりますが、だいたい1学年が1000人から2000人です。私のいるデューク大学のカレッジは1学年が1600人。4年制ですから全体で6400人の学生がいます。
デューク大学の現状をご紹介すると、カレッジでの4年間はそれぞれ法学、ビジネス、政治、建築、医学と、希望する学部(日本の大学院にあたる)に進むために必要な学科を勉強するわけですが、医学部志望者は1600人の中で、600人。ほぼ3分の1になります。しかし、この600人のうち、半分はあまりに勉強がつらいので医学部志望をあきらめ、医学部に進学するのは300人です。その300人も、デューク大学の医学部に行ける人は1人だけで、あとの290人はよその医学部に行かなくてはなりません。デューク大学は全米からトップの学生を集めますので、いくらデューク大学のカレッジで勉強しても、デューク大学の医学部に進めるのは、10人というわけです。
4年制のカレッジを修了後、デューク大学の医学部での4年間は、最初の1年間は解剖学、生理学、生化学、薬学、基礎医学と与えられたカリキュラムになりますが、夏休みは2週間しかなく、ほとんど1年間、詰め込み教育が行われます。最近アメリカの医学部ではますます臨床重視の傾向があり、1年目から患者さんを診る大学が増えつつあります。
2年生になりますと、講義はまったくありません。各自、あるいはグループを組んで、半分は決められたカリキュラム、半分は自分たちで自主的に選択する臨床ローテーションで回ります。3年生は、ハーバードや、メイヨークリニックや、NIH(国立衛生研究所)などでの基礎臨床の自由な勉強が認められています。NIHのフェローの資格をもらって、奨学金をもらいながら勉強する人が多いです。4年生はまったく自主臨床カリキュラムで、自分で臨床ローテーションのカリキュラムを全部回り、難しい国家試験を受け、医師として育っていきます。
このようにアメリカではお仕着せのカリキュラムではなく、学生が自分で選び自分で作るカリキュラムになっています。ほとんどが臨床重視です。アメリカのメディカルスクールでは1年生から臨床実習がありますが、日本で臨床実習が始まるのはやっと5、6年生からです。
先日ドイツの学生さんが私のところに研修にきましたが、やはりドイツでもカリキュラムは自分で作ると言っていました。そしてやはり臨床実習が多いとのことです。
ところが日本では、1年生で教養科目を学ばせる大学がまだ数多くあります。せっかく医師を目指して入学してきた学生なのですから、初年度から医学の専門教育を徹底的に行うべきではないでしょうか。
2005年から4年生を修了する時点で、全国の医学部・医科大学で一斉に、共用試験という基本的な知識や態度、技能や解決能力の評価試験が行われるようになりました。そのため以前は5、6年生で学んでいた科目も前倒しで勉強しなくてはならなくなり、ここ3、4年でカリキュラムの流れも大きく変わってきたということですが、私に言わせるとまだまだ中途半端だと思います。
大学6年間の医学教育を受けて、医師国家試験に合格しても、日本の若い医師は医療現場で何の役にも立ちません。ろくに患者さんを診られないのです。確定診断ができない、注射もできない、薬も処方できないという医師が目につきます。これは、その医師が悪いのではなく、「患者さんをろくに診られないような医師を大量に作る」医学教育のプログラムが悪いのです。
▼現在の卒後の臨床研修を在学中に終えるべき
そこで、私の考えている6年間の医学教育カリキュラムを示しましょう。
まず、1年生で学ぶ一般教養は全て選択とし、学生の意志を尊重します。それと同時に、1、2年生で基礎医学、医学概論、薬理学、生理学、解剖学、病理学、一部病院実習も含めて、医の倫理を済ませてしまうのです。
そして現在、5、6年生で行っている臨床の講義や実習を3、4年生で行うのです。そして共用試験に合格した5年生には仮免許を与え、在学中に、現在研修医が行っている病院での実地研修、患者さんの診察、採血や点滴薬剤処方など、医療現場での基礎を済ませるようにするのです。
卒業したら一応の一般臨床ができる医師を育てなければなりません。現状のカリキュラムでは、6年間勉強してもドイッ語どころか英語もダメで、実施臨床も何一つできない医師が多くいます。それでいて、大学、大病院の外来、特に救急は、経験のない若手医師の労働力に頼っています。適切な診断、治療ができない危ない医療だということです。そのような状況ですから研修医は、本当に情けないことに医師や看護師から幼稚園児扱いで、現場で何もやらせてもらえなくなるのです。繰り返しになりますが、少しでも臨床現場で役に立つ医師を育てるのが医学教育の急務です。
*私が考える医学教育カリキュラム
- 1年:基礎医学、道徳、倫理、生理学、生化学、薬理、医用コンピューター、医用統計学
- 2年:解剖学、病理学、微生物学、公衆衛生学、内科総論、外科総論、病院見学・研修を開始
- 3年:内科、外科、婦人科、整形外科、小児科、脳神経外科、形成外科、泌尿器科、各論等
- 4年:各科臨床スタート。ベッドサイド中心、自主臨床カリキュラム
*ここから臨床研修系コース(基礎医学系、研究希望者は別コースへ)
- 5年:共用試験の合格者に仮免許を与えてすべて臨床医学、研修医・内科系
- 6年:外科系、救急学、麻酔科。現在の初期研修をここまでで済ませる卒業後・すぐに専門科へ
能力を持った学生が医師になる試験制度へ
▼適性がなくても医師になれるのが日本
現在、日本に医学部・医科大学は80あります。
ひとつの医学部・医科大学の定員は100人前後ですから、8医学部・医科大学があるということは、医師国家試験を受験する人が、毎年約8000人いるということです。つまり日本では、よほど成績が悪くない限りほとんどの医学生が試験にパスしますから、毎年8000人近くの医師が誕生するということを意味します。実際、平成20年2月に行われた医師国家試験の受験者数は8535人、合格者の総数は7733人。全体合格率は90.6%となっています。
この90%という高い合格率に、私は違和感を覚えます。
平成20年度に行われた医師国家試験の合格基準とは、必修問題が200満点中160点(80%)、一般問題が200点満点中130点(55%)、臨床実地問題が600満点中399点(66.5%)だそうです。
私はこの合格基準をもっともっと上げるべきだと思います。一般問題と臨床実施問題の基準はせめて75%が適当だと思います。本当に能力のある人物を医師にする試験にすべきではないでしょうか。
人の命を預かる職業なのですから「並」の人材ではダメなのです。希望する人間の9割が能力、適性ともに兼ね備えていると、本当に言えるのでしょうか。
私は先ほどの項でも述べましたが、現在医学部・医科大学で4年生修了時に一斉に行われる共用試験を、医師国家試験の一次選考にすべきだと考えています。
共用試験の合格者に仮免許を与えて臨床研修をさせるべきだと述べましたが、つまりその時点で「臨床医師に向いている者」を選別するのです。そして5、6年生で徹底的に臨床研修を行わせ、医師国家試験で本当に臨床能力が育ち、人の命を預かることができるかどうかを判断するのです。そのために、医師国家試験、共用試験の内容のさらなる検討が必要でしょう。
外国ではまったく日本と状況が違います。臨床重視のカリキュラムであることは述べましたが、例えばドイツでは医学部在学中に4回の国家試験を受けなくてはなりません。アメリカも適性のある学生しか生き残れない徹底ぶりです。外国の医学教育は、厳しいテストの連続で徹底的に学生の適性と学力を試し、本当に医師としての才能、能力を持った者だけが残るシステムになっているのです。
▼成績によって臨床医以外の道を選択させるべき
共用試験で「臨床医師に向いている」と判断されなかった、つまり成績の悪かった学生は、5年生になる時点で「研究者」や「看護師」など、臨床医師以外の道を選択させるべきだと思います。あとで詳しく述べますが、アメリカで認められている医師助手看護師を厚労省が認め、そちらに進ませるのもひとつの方法でしょう。
本当に優秀で現場で活躍できる臨床医師だけを育てることが急務だと思います。無駄に並の医師を育てても全く意味がありません。 先に紹介したように、その症例を自分で執刀したこともないのに手術をしてしまったりするような倫理観のない医師、能力のない医師が生まれるのは、努力を惜しまず精進を積む意欲のある者と、医師としての適性のない者を選別するシステムになっていないことが背景にあるといえないでしょうか。
”すべては患者さんのために”をモットーに世界中で活躍し、日本でも”神の手”として数々のメディアに登場する脳外科医・福島氏が、日本医療の数々の問題点に鋭く斬り込む!
第1章 こんな医師にあなたの命は救えるのか!?
第2章 能力のない医師が増えていく日本のシステム
第3章 日本は先進国最低レベルの医療費国家だ!
第4章 日本の脳外科医に伝えたいこと
第5章 賢い患者が名医に出会える!
おわりに すべてを患者さんのために