脳外科に人生を捧げた私のミッション<2>  ※戦いつづける力 第1章【書籍抜粋】

2018年で医師生活50年を迎えます

1968年11月11日に、私が医師国家試験に合格し、第一期の文部省研修医として脳外科医をスタートしてから、今年2018年で50年を迎えます。20年前からは、アメリカのデューク大学を拠点に、世界中で手術を行うようになりました。振り返ってみれば、アメリカに渡ったのが1991年。それから無我夢中でやってきて、気がつけばアメリカでの医師生活のほうが長くなりました。

今では、アメリカと日本だけではなく、手術を行う場所が世界中に広がっています。ノーベル生理学・医学賞の選考委員会があり、世界最高峰の医科大学の一つであるスウェーデンのカロリンスカ研究所をはじめ、長く教授を務めている大学も数か所あり、世界20か国以上の国々で手術を行っているのです。

たとえばヨーロッパでは、スウェーデンのほかに、ノルウェー、イタリア、フランス、ドイツ、イギリス、チェコ共和国、ベルギー、スペインといった国々。アジアでは、中国、韓国、シンガポール、タイ、インド、インドネシアなど。南米ではブラジル、ベネズエラ、ペルーにも行きます。最近ではロシアやエジプト、モロッコなどからも手術のオファーがあり、まさに、「空飛ぶ脳外科医」として、世界中を飛び回って手術やセミナーを行う、という毎日が続いています。2010年には、イタリアで多くの患者の命を救ったとして、私の手術の功績が讃えられ、ローマ法王ベネディクト16世(当時)から感謝状をいただきました。

最近の予定をお話しすると、2017年末は、12月26日まで日本各地で手術を行った後、タイへ飛びます。バンコクのチュラロンコン大学でデモンストレーション手術と12月26日~29日に行われるセミナーに出席するためです。チュラロンコン大学は、日本では東大にあたるといわれるタイの最高峰の大学です。その解剖室がリニューアルされたのをきっかけに、7年前からASEAN10か国の脳外科医の実施教育コースを年末年始(2016~2017年までは、元日を除いて12月27日~1月4日までの開催)に行うことになり、私も招聘されて当初から関わっているのです。タイ国内はもちろん、日本や中国、台湾やシンガポール、マレーシアといった国と地域から、20名程度の脳外科医が参加してくれます。

また最近では、中国・上海の浦南病院ともご縁ができて、上海や北京、天津、西安等で講演やシンポジウムを行うなど、中国との関わりも深くなってきました。2018年の11月には、医師生活50周年の記念シンポジウムを行いたいと、今計画しているところです。とはいっても、これで私が現役を引退するということではありません。50周年は私にとっては、あくまでも通過点の一つ。まだまだ少なくとも80歳ぐらいまでは、医師として現役で、というよりも第一線で、頑張り続けるつもりです。これからの私の夢は、90歳まで現場で手術をすることです。引退生活は考えられません。

戦いつづける力 第1章

次世代の脳外科医を育てることは私のライフワークです

私の脳外科医としての最大の功績は、福島式鍵穴手術を確立できたことだと思っています(次章参照)。鍵穴手術は、手術のテクニックそのものに習熟しなければならないのはもちろんなのですが、それ以前に、その鍵穴手術の基礎ともいうべき正確で精密な解剖学の知識が必須となります。そしてそれは、医学書やデータといったものから得られる知識だけでは十分とは言えません。そのため、私は、精密な解剖の知識と知恵を若い脳外科医の皆さんにしっかりと学んでほしいと考え、カロライナ頭蓋底手術センター所長兼デューク大学脳外科教授となった翌年の1999年11月から、脳外科医のための解剖(anatomy)に関する国際セミナーとワークショップを毎年主催しています。3回目となった2001年は、米同時多発テロ(9・11)の影響で、渡米をとりやめる外国人が多かった中、日本からも数人の若手脳外科医が参加してくれたことは、今でも忘れられません。

私の修業時代はもちろんですが、今でも、実際の人体で解剖を学ぶ機会はなかなか得られない、というのが現状です。そのため、私は多くのスポンサーやさまざまな団体の協力を得て、若い脳外科医たちがいつでも自由に解剖を学べるラボ(研究室)を長年私費で運営してきました。私の一番弟子の根本暁央先生(東京脳神経センター病院・福島孝徳脳神経センター医師)をはじめとして、このラボで寝る間も惜しんで解剖の基礎を学んだというフェローの数は少なくありません。後進を育てることは、私のライフワークの一つであり、その基礎となるスカルベースの勉強、つまり解剖をまずはしっかりと学んでほしいと考えています。

私の手術を見学したい若手医師を歓迎します

これまで2万4000件以上の手術を行い、さまざまな脳疾患に向き合ってきましたが、今でも、手術はどれ一つとして同じものはない、と痛感する毎日です。疾患そのものが一つひとつ違いますし、患者さんの脳もまた、一人ひとり異なるからです。事前に確認できるCTスキャンやMRIのデータではわからなくても、手術の最中に、「この腫瘍の後ろに、脳神経が走っている可能性がある」とわかる瞬間があります。これは正確な脳の解剖学的知識だけではなく、経験に培われた暗黙知からくるものというしかありません。私が手術を行うときは、必ずビデオで撮影しますが、一緒にオペ室に入る脳外科医や手術スタッフにもわかるように解説しながら手術を行うように心がけています。私の知識や経験、知恵を脳外科医だけではなく、手術に携わる多くのスタッフたちに、知っていただきたいからです。また貴重な症例は論文等で広く世界に発表するなど、医療の発展と医師の技術向上のためになるような努力を惜しみません。

また、私の手術を見学したいというオファーをいただくと、その先生方が出席されるセミナーや国際学会のスケジュールと私が行うアメリカや日本の病院での手術予定を調整し、見学していただくようにしています。ですから、アメリカ在住の脳外科医が、日本で私の手術を見学されることもあります。直近では、2017年10月に名古屋で開催された第13回国際脳卒中外科学会に出席されたアメリカのウィスコンシン大学のバスカヤ教授が、日本の5か所の病院で私の手術を見学されました。できるだけ多くの脳外科医の方に、私の鍵穴手術を見ていただければと考えていますので、このようなご要望にはできる限りお応えしています。

75歳の今でも、その日に行った手術の復習は怠らない

ところで、皆さんにお見せするのは初めてなのですが、次ページ、次々ページのような手術メモを、これまでもう何万枚も書き続けています。これは脳外科医になって以来ずっと続けています。手術が夜遅くまでかかった日でも、会合等でお酒を飲んだ日でも、どんなに深夜になっても、その日の手術をその日のうちに必ず復習し、もっとよい手術ができなかったどうか、検討するのです。「このアプローチは最良だったのか」「この方法で攻めればよかったのではないか」……。それは、私にとって欠かすことのできない毎日の日課の一つとなっています。医師生活50年を迎えた私も、まだまだ勉強を続けています。それは、「患者さんにとってベストな手術を行う」ために、私がやらなければならないことであり、医師として当たり前のことだと考えているからです。

戦いつづける力 第1章

世界一の医療水準を誇るアメリカの医療関係者から「神の手を持つ男」(The Last Hope)と称賛される脳外科医Dr.福島孝徳は、今年2018年で医師生活50年を迎えた。現在でもアメリカ、ヨーロッパ、北欧、南米、アジア、ロシア、エジプトなど世界20カ国以上を飛びまわり、高難度手術を年間600人以上行っている。

「絶対にあきらめない、成し遂げる」という強い不屈の心、闘いつづける力はどこから来るのか——。

世界一と称賛される奇跡の技法「鍵穴手術」について、また、患者さんからの感謝の声、愛弟子たちの秘話も満載。

「私のところには“Dr.福島でなければ治せない”という難しい腫瘍や巨大脳動脈瘤などの複雑な病気の患者さんが、最後の望みをもって来てくださいます。それが私にできる手術であるなら、どんな患者さんでも受け入れます。そして、いつも患者さんに言います。“私が手術するんだから、もう大丈夫”と」 (福島孝徳)

◎脳外科に人生を捧げた私のミッション
◎75歳の今でも、その日に行った手術の復讐は怠らない
◎なぜ私が世界や日本各地を飛びまわるのか
◎私の手術を見学したい若手医師を歓迎します
◎世界一の手術師が生んだ奇跡の技法「鍵穴手術」
◎1円玉大の穴をあけ、顕微鏡で手術する
◎鍵穴手術による治療「顔面けいれん」「三叉神経痛」
◎私の後を継ぐ「次世代の脳外科医たち」の声
◎日本で福島孝徳が手術を行う病院一覧

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2024年3月10日