元祖である私が有効性を認めない内視鏡
▼内視鏡による手術はリスクが高い
まず、内視鏡がなぜ危険かをお伝えしましょう。
脳の内視鏡による手術は、実は私が元祖なのです。1960年代の後半から70年代前半までに、内視鏡でできることは、私がすべてやり尽くしました。その私の結論は、「ごくごく限られたことしかできないので、その適応は慎重であるべきで、必ずしもそれほど多くの疾患に対して有効な手段とはいえない」
というものなのです。
内視鏡を使うには、かなりの経験が必要です。内視鏡は魚眼レンズで見え方が独特ですし、検査と治療は熟練を要するのです。今、いちばん困るのは、内視鏡が低侵襲で脳外科の21世紀の武器であるかのように、新聞、週刊誌、インターネットで過剰宣伝されていることです。
脳の内視鏡検査、内視鏡治療ですが、そもそもこれはアメリカで1920年代から30年代に、膀胱や尿道の検査に使う膀胱鏡の脳室への挿入を試すなどの、かなり先駆的な研究がありました。しかし、当時は本当に筒を入れるとか膀胱鏡を入れるというだけだったので、いくつかの臨床論文は出ているのですが、一般には普及しませんでした。
それから研究は一時なくなるのですが、私は研修医1年目の1969年、世界で初めて脳のファイバースコープ、内視鏡を使った手術を行い発表しました。そして69年から、73年にドイツへ行くまでの間に、60例ぐらいの症例をやりました。内視鏡検査や、脳腫瘍の組織を一部摘出し良性か悪性かなど状態を検査する生検、脳の部屋に髄液という水が溜まる水頭症という病気の治療のために、その髄液を作る脈絡叢という部分を焼く、脳室の交通をつけるなど、いろんなことをやって数々の論文も書きました。
当時はCTもMRもない時代。確かに脳を内視鏡で直接見て診断するという利点はあったのですが、ある程度の空間、スペースがないと内視鏡は使えません。だから脳室の中は大丈夫ですが、脳底部のようなスペースのない箇所にはあまり向いていません。脳底部の内視鏡治療も、私は70年代に行って論文も書きましたが、実際問題としては、内視鏡で見ても仕事をする空間がないということで、あまり役に立ちませんでした。
そして、特にCTとMRが世に出たあとは、内視鏡を使ってでも、直接肉眼診断をする理由がなくなりました。使って多少いいことがあるかなというのは、小児の水頭症に対してくらいで、ほとんどの場合役に立たないのです。
私は69年から78年までの10年間で、内視鏡でやれることは全部やりました。近代の脳の内視鏡検査と治療は、私が元祖、パイオニアで、ありとあらゆる応用をやってしまいました。
その元祖である私が、内視鏡の有効性をあまり認めていないのです。本当に内視鏡が必要な適応患者さんは少ない。本当に内視鏡が役立つというのは、極めて少ないのです。
▼内視鏡よりも顕微鏡のほうが安全確実
内視鏡でやれることは全部、顕微鏡でできます。顕微鏡を使った、私が開発した鍵穴手術のほうが、内視鏡よりも安全確実に全部できます。内視鏡で見る術野と顕微鏡で見る術野を比べたら、明らかに鍵穴式顕微鏡の方が立体的に見えるし、解像力も段違いに顕微鏡の方がいいのです。
しかも、内視鏡手術は出血などのリスクが高く、たくさんの合併症、事故が起きていて、亡くなっている方もいます。もし内視鏡で手術を行って、大きな出血が起きたり不測の事態が起きたりした場合、全く対処ができないからです。こういう事実を、国民のみなさんにきちんと理解していただきたいです。
私が内視鏡手術を行っていたころは、できる医師がほかにいなかったので、私の仕事は世界でずいぶんと評価されました。しかし、元祖であり、たくさんの経験があるはずの私が、どちらを選ぶかと聞かれたら、安全確実な顕微鏡手術なのです。
内視鏡には確かにごく限られた適応はあるしいい面もあるかもしれないのですが、現実的に私自身は、内視鏡を使用することにはちょっと首をかしげてしまうのです。特にあまり技術のない臨床経験も少ない医師によってかなりの合併症が出ているのでそこをよく考慮して、患者さんも担当の医師も、これがいちばんいい方法かどうかよく考えてほしいです。医師は、内視鏡を使う目的と効果と理由、そして担当医の症例経験とリスク、合併症を、患者さんにきっちりと説明する必要があるのです。
血管内コイル塞栓術はカテーテルの達人でなければ確実性はない
▼1960年代からあった血管内治療研究
それから脳動脈瘤の血管内コイル塞栓術についてです。
脳動脈瘤とは、くも膜下出血の原因となる病気で、脳の動脈の一部がコブ状にふくらむものです。今、その動脈瘤の破裂を防ぐために、太ももの付け根から血管を通してカテーテルを頭蓋内まで送り、動脈瘤の中にコイルを詰めてふさぐという治療が流行っています。そもそも私が70年に内視鏡の研究をやりながら、恩師である東大の佐野圭司教授(現名誉教授)からいただいた最初の学位論文のテーマが、血管内治療でした。
1960年代に、血管内治療の先駆的な研究、血管の中からカテーテルやバルーンを送るというのはすでにあって、東大でも脳動静脈奇形(動脈と静脈がつながっている異常な状態)にシリコンを詰めるということを、世界に先駆けて行っていました。
佐野教授は、とても先見の明がある方で、「今は動脈瘤はすべて開頭して手術しているけれど、そのうち血管の中から動脈瘤の穴をふさぐという治療になると思う。君はそれをやりなさい」とおっしゃって、私の学位論文テーマとして与えてくださったのです。
私は三段カテーテルだのいろいろなことをやってなかなかいい仕事もしたのですが、当時は現在のような血管内治療に使う細いカテーテルやマイクロコイルがなかったので、結果は実を結びませんでした。しかし、ちょうど10年くらい前から、マイクロコイルや、のすごく極細のマイクロガイドワイヤーやマイクロカテーテルができて、脳動脈瘤まで到達できるようになったのです。
▼血管内コイル塞栓術はまだ確実とは言えない
それで動脈瘤にコイルを詰めるという治療が流行しているのですが、脳の動脈瘤というのは、状態によって、普通のもの、ちょっと大きい難しいもの、巨大で超難しいものというように、グレードが1、2、3とあります。
普通に開頭した顕微鏡手術、つまり顕微鏡を使って動脈瘤の付け根をクリップで挟むという術式(クリッピング)で、1000例や2000例もやっている動脈瘤手術の大家であればグレード1のいちばん易しい普通のもので合併症のリスクは1%、それよりちょっと大きいグレード2のもので2%、グレード3の巨大動脈瘤でも5~10%ですみます。
私以外にも、日本で1000~2000例やっている医師は4、5人いると思いますが、そのぐらいの熟練した先生方なら合併症のリスクは1~3%ですみます。
それほどの超ベテランでなくても、500例以上のかなりの経験を積んだ専門医であれば、顕微鏡手術でもコイルでも合併症のリスクはせいぜい5%以内でしょう。麻痺になったとか、動脈瘤をしばるつもりが出血して大変なことになったとか、そういうことは少ないのです。
それが、経験の少ない普通の医師による血管内コイル塞栓術だと、合併症のリスクは10~20%に上がるのです。
血管内コイル塞栓術が有効なのは、手術がごく易しい、小さい動脈瘤の場合です。私たちが2時間くらいでパッと終えてしまうような易しい症例なら、コイルでも完全閉塞率が60%くらいになります。
しかし、コイルで巨大動脈瘤が全部詰まるというのは、おそらく10人のうち1人か2人ではないでしょうか。
現在の時点で、熟練者が行った顕微鏡手術と血管内コイル塞栓術を比べると、顕微鏡のほうが98、99%完全閉塞としたら、コイルのほうは、普通の動脈瘤で完全閉塞は50%です。易しいものは、もしかしたら60~70%いくかもしれませんが、全体的にコイルの動脈瘤の完全閉塞率というのはだいたい50%、よくて60%です。ということは少なくとも40%は不完全なのです。不完全なのはまた瘤がふくれてきますが、その再発率は20%といわれています。
最近、血管内コイル塞栓術の遅発性合併症として、炎症反応、コイル性髄膜炎、水頭症の発現などが問題になっています。アメリカでも、あまり経験のない医師が血管内コイル塞栓術を行ったことでの合併症が問題になっています。
2008年11月、フロリダ州で脳動脈瘤の国際的なワークショップが行われました。30名のエキスパートが集まり協議しましたが、ここでも顕微鏡を使ってのクリッピングがより安全確実という意見にまとまりました。
コイルもいい点はあるのですが、現時点では、動脈瘤のエキスパート、動脈瘤の顕微鏡手術の大家がやれば、顕微鏡手術のほうが、コイルよりもはるかに完全で安全で、私が勧める手術であるということです。
▼血管内コイル塞栓術のリスクを患者さんに説明すべき
ヨーロッパには動脈瘤の顕微鏡手術の名手がほとんどおらず、手術が下手でリスクが高いので、患者さんの7割から8割がコイルを選択してしまいます。アメリカの場合でも6割がコイルでしょうか。
しかし私がいるデューク大学は手術がうまいので、普通は80%が手術で、高齢者やリスクの高い患者さんの20%がコイルという状況でしょう。私自身が診察して、コイルを選択するのはわずか1、2%で、私は98%顕微鏡手術できっちりと仕上げています。ここ10年を見ても、私の動脈瘤の手術は全勝です。
もちろんコイルの適応もあると思います。例えば70歳を超えた患者さんで、もし出血して意識状態の悪い方ならとりあえずコイルで一部詰めるというのもいいでしょう。70歳を超えた人の脳は抵抗力がないので、高齢者の手術はかなり慎重に考えるべきで、そのようなときはコイルを選択します。
でも現時点で私がいちばん心配しているのは、動脈瘤がコイルで完全に詰まるのが50~60%であり、不完全例が40%もあるということ。術後再発が増大し、出血が多いということ。決して安全確実な治療法ではなく、カテーテルやコイルの操作そのもののリスクが大きすぎるということです。
「開頭はしません、カテーテルで行います」というと、患者さんはそちらのほうに流れてしまうことが多いでしょうが、まだまだカテーテルは危ない、コイルは危ないのです。動脈瘤の形が難しくなるほど、リスクは高いのです。
もし、リスクも含めて患者さんにきっちり説明し、その上で患者さんが希望し、かつ本当の熟練者がやるというのなら、コイルでもいいでしょう。しかし現状では、自分の経験や、完全に詰まるのは半分であるというようなコイルの治療成績とリスクを、患者さんにきっちり説明する医師はほとんどいないのです。ですから、日本でコイルでの医療裁判数が急劇に増えているのです。
そして、脳動脈瘤は、破れていない小さなものは経過観察さえきちんとすれば、何も治療しなくてもいい場合があるということを、患者さんにわかっていただきたいと思います。例えば70歳の患者さんで、5ミリ以下の動脈瘤は普通なら手術しなくても大丈夫です。経過観察していると、ほとんどの人は大きくなりません。だから動脈瘤は全部手術するのではなくて、半年、1年毎にMRの血管撮影で経過観察するのでいいと思います。
私の意見では、5ミリ以下はよほど不規則な形でない限り観察でOK、だいたい6ミリから7ミリを超えると治療しなくてはならないと思いますが、その場合でも、少なくとも私は開頭しての顕微鏡手術のほうを勧めます。
ここまでお伝えしたように、脳の内視鏡手術や血管内コイル塞栓術は、万能ではありません。
もし、みなさんのご家族や知人が、脳外科医から「低侵襲の内視鏡が最適です」とか「血管内コイルという最新の手術法でやりましょう」などと言われたら、まず本当にその方法が最適なのかどうか、そして術者が真に内視鏡やカテーテルの熟練者であるのか、多くの臨床経験をもっているのかを主治医や他の医師にしっかりと問いただし、慎重に検討していただきたいと思います。その先生が何例の臨床経験を持っているのか、成功率と死亡率、合併症率をきっちり聞くことです。
”すべては患者さんのために”をモットーに世界中で活躍し、日本でも”神の手”として数々のメディアに登場する脳外科医・福島氏が、日本医療の数々の問題点に鋭く斬り込む!
第1章 こんな医師にあなたの命は救えるのか!?
第2章 能力のない医師が増えていく日本のシステム
第3章 日本は先進国最低レベルの医療費国家だ!
第4章 日本の脳外科医に伝えたいこと
第5章 賢い患者が名医に出会える!
おわりに すべてを患者さんのために