日本の”医師不足”に対する私の考え
▼医師は足りないのではなく偏っているのが問題
今まで述べたような臨床能力の育たない医学教育カリキュラムのまま、国は地方の医師不足解消といって医学部の入学定員を増やしたり、さらに新設大学を増やそうとしたりしています。
全国で16の医学部、医科大学が、平成20年の収容定員増を厚労省に申請し、結局168名の増員が決定したようです。また、平成21年度は全国の77の医学部、医科大学が入学定員の増員を計画し、増員数は693人に上るという発表がありました。
現時点で、統計的には医者が足りないと言われています。人口1000人当たりの医師数は、日本では2.1人で、イタリア3.7人、ドイツが3.5人、フランスが3.4人、アメリカ2.4人と、OECD諸国の中でも少し低いデータが出ています(OECDHealthData2008)。ですから医師を増やすべきだという声が多いのは事実です。
しかし、だからといって医学教育カリキュラムの見直しもせず、モチベーションの低い学生を医学部に集め、適当な病院で研修させても、結局は単に臨床能力のない医師が大都市に増えるだけではないでしょうか。
現在、全国大都市、中都市における一般開業医の数は、十分足りていると私は考えます。足りないのは、僻地の医師と、勤務医の数です。それは労働に見合った十分な給料が支払われていないからです。
医学部の定員をいくら増やしても、全体の医師数を増やしても、根本の解決にはほど遠いのではないかと思います。それは、遠隔地の医師は足りなくても、大都市の一部に医者が偏っているからです。程なく、歯科同様の医師過剰時代が到来すると思います。
実は私は、日本には医学部や医科大学の数が多すぎると思っています。
アメリカの人口は約3億人で、医科大学の数は129校です。それに対し、人口が2分の1弱であるにもかかわらず、先ほど紹介したように、日本に医学部・医科大学は80もあるのです。医学部・医科大学が多すぎるということに、見逃せない問題が隠れているのにお気づきでしょうか。教育システムの抜本改革が成されなければ、単なる臨床能力のない医師の大量生産につながるということです。
1970年代前半、無医村地区など、過疎地を中心に医師が不足して社会問題になっていました。そこで政府は、1973年に1県に1医科大学を作ることを推進しました。すると雨後のタケノコのように、お金ばかり儲けている病院が「うちも大学をつくる」とか、代議士が「うちの県にも大学を」といって新設医科大学をつくり、全国に80校という信じられない数の医学部医科大学が存在するようになったのです。私が学生の頃は、4の医学部・医科大学しかなかったのですから、その時代、いかに増えたかということです。
しかし例えば人口が100万人に満たない島根県や鳥取県にそれぞれ1校、人口600万人の千葉県に1校などという、何ともアンバランスな構造になっています。また自治医科大学は無医・僻地対策で、産業医科大は全国各地の産業医の養成が目的でした。それでも依然として地方を中心に医師不足に悩まされています。なぜそのような状況が起きるのでしょう。
それは地方や僻地での義務が済むと、みな大都市に戻り開業してしまうからです。過剰労働と低い給料で遠隔地や僻地に残る医師はきわめて少ないのです。
厚労省と文科省は、医療の現実を直視すべきです。医学部・医科大学を増やせば、医師不足は解消するというのが幻想に過ぎないということは、すでに80医学部・医科大学体制の、現在の結果を見れば明らかです。
三十数年前に新設医科大学を全国につくったときには、入学試験の点数が30点で入学できるとか、2000万円、3000万円を積めば入学できるなどといった医科大学がありました。裏金を使っての裏口入学は報道でも取り上げられ社会問題化しましたが、再びその悪習が繰り返されるおそれはないでしょうか。
▼医学部医科大学を整理統合し有能な医師を作る
私は、現在の80医学部医科大学を整理統合して、60校程度に絞り込むことを提案します。
全国の大学医学部・医科大学のレベルは、言葉が悪くて申しわけありませんが、どう見ても一流、二流、三流に分別されます。その二流、三流を一流へ統合するのです。
アメリカでは、90年代から医学部や附属病院の合併が始まっています。スタンフォード大学とカリフォルニア大学サンフランシスコ校の医学部の合併は、直後に分裂してしまいましたが、コロンビア大学とコーネル大学の附属病院、マウントサイナイ医科大学とニューヨーク大学附属病院など、合併が相次いでいます。
合併していい教育環境にする、合理的な資金計画のもとに運営をする、人件費を削減する、そういった改革をアメリカはどんどんやっています。アメリカの場合は経済的問題と、明らかに医師過剰なので医学生の人数を減らすためにマンパワーコントロールをしているわけですが、アメリカはそういう現状の問題を解決するためなら大改革を思い切ってやりますが、日本は古めかしい現状維持体制で、伝統だのなんだのが先に立って、大手術をやろうとしません。
こういうことを書くと、「福島がわけのわからないことを言っている」と医学界からも国や地方の行政担当者からも言われるでしょう。しかし、東京だけでも14の医学部・医科大学がありますが、これから受験人口も少なくなってくるのに、果たしてそれだけの数が必要でしょうか。何度も申し上げますが「並」の人材をたくさん集めても意味がないのです。
▼労働環境の改善が医師の偏在をなくす
地方の医師不足の原因は、地方の医学部、医科大学を卒業した若い医師が、地元に残らず、都市圏の病院に就職してしまうことにもあります。ある地方の新設医科大学を卒業した若い医師が「大学のまわりは田んぼばかりで、繁華街まで出るのも不便な環境に6年もいると、田舎で医師になるのは絶対に嫌だ」と言っていました。
それならば、私は国は低医療費政策を直ちにやめて、過疎地・遠隔地の勤務医の年俸を上げるべき、今の3倍などにすべきだと思います。病院、地域、厚労省が共同で保障するのです。また特に医師不足が言われる産科や小児科に関しては、診療報酬を今の5倍にするなどの工夫が必要です。
慢性的な大病院の医師不足は、あとでも述べますが、低医療費政策をやめて労働環境を改善し、開業医に流れる医師を減らす努力をすればいいのです。街にはすでに開業医があふれているではありませんか。大都市だけではなく地方でも、札幌や徳島、鹿児島でも、開業医が本当に多いのがわかります。
厚労省は勤務医の負担を減らそうと、今まで医師が行っていた事務的な作業を行う事務員に、2008年4月から診療報酬を認めました。こんなものも焼け石に水でしょう。全国の大学、大病院の勤務医の年俸を少なくとも倍増するなどしない限り、勤務医の不足は解決しません。
▼医師助手看護師や麻酔看護師を認めるのが先決
私は、無駄に能力のない医師を育てる代わりに、ジュニアドクター並みのことができる「フィジシャンアシスタント(physician assistant)」(PA/医師助手看護師)を厚労省が認めるべきだ、と考えています。
PAとは、看護師で2~3年間、臨床医学を勉強した、本来医師にしか許されていない医療行為の一部を医師の代わりに行うことのできる人をいいます。アメリカには、このPAのシステムがあるのですが、こういう合理的なシステムを、日本はもっと取り入れるべきでしょう。
PAは医師の指導のもとに処方もできるのです。手術のときの縫合や、腰部の脊髄腔に針を刺して髄液を調べる腰椎穿刺や、病床回診、救急、患者さんのフォロー、ケアも行うことができます。医師がPAに任せてもいいと判断した診療行為は、すべてPAに任せられることもあります。前項でも述べたように、共用試験の成績が良くなかった学生には、このような道を用意してもいいでしょう。
また、臨床麻酔医が少ないことも全国たくさんの病院で重大な問題になっていますが、私は、アメリカと同じように「麻酔看護師」を絶対に認めるべきだと思います。1人の麻酔医が麻酔看護師を4人使えば、4つの手術室で手術が同時にできることになります。ところが、麻酔学会は自分たちの権益を守るためでしょうか、麻酔看護師を認めようとはしません。本当に悲しくなってきます。
アメリカでは、PAの年俸は1000万円くらいあります。麻酔看護師も1000万円から1500万円の年俸になります。なかには2000万円くらい稼いでいる人もいます。年俸の額が示しているように、これらはそれほど重要なポジションなのです。
”すべては患者さんのために”をモットーに世界中で活躍し、日本でも”神の手”として数々のメディアに登場する脳外科医・福島氏が、日本医療の数々の問題点に鋭く斬り込む!
第1章 こんな医師にあなたの命は救えるのか!?
第2章 能力のない医師が増えていく日本のシステム
第3章 日本は先進国最低レベルの医療費国家だ!
第4章 日本の脳外科医に伝えたいこと
第5章 賢い患者が名医に出会える!
おわりに すべてを患者さんのために