寿命は医者で決まる
ここまで日本の医療、医学界の問題点、脳外科の課題に対する私の提言を述べてきました。ここに書かれてきたことは、読者のみなさんにとって驚きと失望、怒りの連続だったかもしれません。しかし、負の側面ばかりを取り上げてきたのは、私が日本をこよなく愛し、みなさんがよりよいレベルの高い医療を受けられるようにするための改革のチャンスだと考えるからです。
最終章では、みなさんに病気の早期発見・早期治療のすすめと、次代の脳外科界を担う若い才能を育成するための私の取り組みについてお話ししましょう。
▼ 脳の病気の早期発見には脳ドックが有効
1958年から80年まで、日本人の死亡原因の第1位は脳卒中、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血など、2位がガンで、3位が心臓病でした。現在、年間100万人の方が亡くなっていますが、今の国民の死亡原因の1位は、ガンなのです。ガン、悪性腫瘍で亡くなる人は33万人。約30年前は半分の16万人でした。今は2位が心臓病で、3位が脳卒中、4位は肺炎。5位は事故、自殺です。
医療技術の発達と、全国に今や脳神経外科医が8000人以上いるということもあり、脳卒中は、現在では適切な早期治療ができれば命を取り留めることができるようになり、死亡原因としてはガンや心臓病が脳卒中を上回るようになりました。とはいえ、現在でも年間10万人以上の人が脳卒中で亡くなっています。さらに、一命を取り留めたとしても、片麻痺などの重篤な後遺症が残ることが多く、その後の社会生活に大きな支障をきたす重大な病気であることに変わりはありません。
亡くなる人は、年間2万人強と脳卒中に比べると少ないのですが、脳の病気でもっともこわいのが脳腫瘍です。脳腫瘍の半分を占める良性の腫瘍では、達人の手術であればほとんどの方が全治します。
脳の病気のいちばんの予防策は、早期発見、早期治療です。
医学、医療は20世紀に大きく発展してきました。そのなかでも、驚異的に発達したのが診断学です。その発達を可能にしたのが、CT、MR、PETなどの画像診断機器の開発です。体の中がより正確にわかるようになったことで、診断の精度が大きく上がったのです。これらの画像診断機器を駆使して、脳の状態を調べるのが「脳ドック」です。脳卒中や脳腫瘍を早期に発見するのには、この脳ドックが大変有効です。
例えば、脳の血管の動脈瘤が破裂してくも膜下に出血する、くも膜下出血という病気がありますが、これは発症すると約2割の人は病院に運び込まれる前に死亡し、また命をとりとめても2割は重症化するという恐ろしい病気です。元気で家に帰れるのは50〜60%といわれています。しかし、脳ドックで事前に脳動脈瘤を発見、早期手術をすれば、リスクは1〜3%に抑えることができます。
脳ドックを受けて、もし動脈瘤が発見されたとしても、必ず手術を受けなくてはならないというわけではありません。しかし、脳ドックを受けずにくも膜下出血を起こしてから治療をした場合、もとの正常な状態に戻ることのできる確率は50%です。ところが、事前に動脈瘤を発見し、もし私が予防的な手術をすれば99%は全治します。平均レベルの脳外科医であっても、リスクは5%以下で済みます。
つまり、事前に動脈瘤を発見し、手術すればリスクを10倍も低下させることができるのです。一晩飲みに行くのを控えて、脳ドックで年に1回は脳の状態を徹底的に調べれば、安心して毎日過ごせるのです。
脳外科で「難病といわれる脳内神経膠腫(グリオーマ)」も、1〜2センチ以下の小さい無症状のうちに見つければ、広い範囲を切除する拡大手術により全治します。 このようにこれからの医療では、早期発見、予防が大きなウエイトを占めてきます。

▼早期発見、早期治療が全治の近道
日本では欧米に比べ極めて安い検査料でCTやMR、PETの検査を受けられる利点があります。欧米に脳ドックができないのは、検査料がべらぼうに高くなってしまい成り立たないからです。例えば、脳ドックでレントゲン、CT、MRを撮り、脳波検査や血液検査まで行ったら、アメリカでは50万円以上かかるでしょう。それが日本では、5万円(健康保険であれば会社などが半分負担するので、本人負担は2万5000円ですむ)程度で脳ドッグが受けられるのです。
日本は検査料が安いということもあり、脳ドックだけでなく、消化器ドック、循環器ドック、ガンドックなどの専門ドックなどができてきました。
特に死亡原因の1位であるガンは、現在ドックでの早期発見、早期切除が、全治の近道でしょう。残念ながら、ガンが治る薬はまだありません。抗ガン剤も、白血病や一部のガン以外は、なかなか効果的とまではいえない状況です。
そこで私の早期発見・早期治療の提言は、「3大死亡原因であるガン、心臓病、脳卒中を早期発見・早期治療するには、せめて脳ドック、消化器ドック、循環器ドック、ガンドック、婦人科ドックのそれぞれを、毎年、もしくは2年に一度ずつ受けにいきましょう」ということです。
21世紀は予防医学の時代です。病気になる前に見つけて、早期に治療を行い、3大死亡原因による死亡者数の減少を目指しましょう。
▼名医を見つける目を養おう
何度も書くようですが、「医療は3S」です。
医師としての3Sは、「サービス- service(奉仕)」、「スマイル – mile(笑顔)」と「シンシア- sincere(誠実)」です。脳外科医であるなら、「スピーディー- speedy(迅速)」で「スキルフル- skillful(技量がある)」で「スマート- smart(賢い)」も必要です。
ところが、日本の医師はその3Sを持たず、「俺が診てあげている」とでもいうような患者さんを見下ろす意識が強く、不親切でいばった態度になる医師がいるのも事実です。「俺の言うことを聞いていればいいんだ。あんたは素人なんだから」ということを患者さんに言う、若いのに横暴でいばった態度をとる医師がいまだにいるというのには驚かされます。
また、くどいようですが、教授クラスになると、患者さんには一言も口を利かないということもあります。医師の3Sを全く理解していないのです。患者さんは聞きたいことがあったり、疑問があったりしても、「偉い先生だから、気分を害されては困る」という意識が先に働いて、何も聞けないのです。そして、あとで担当医の若い先生や看護師さんに恐る恐る聞く。そんな雰囲気の医療現場が、まだ実際にあるようです。これでは、とても医療とは呼べません。
この本を読めば読むほど、病院に行くのが怖い、医師は信用できないと思われた方も多いかもしれません。しかし、あなたやあなたの大切に思っている人が病気にかかったら、専門家の診断や治療を受けないわけにはいきません。そのときに必要なのは、自分や大切な人を診ている医師が、どれだけの技量をもち、どれだけ患者さんのことを考えているかを見抜く力です。「患者としての眼力」とでも言ったらいいでしょうか。
私からの患者さんへの提言は、「患者さんはもっと強くなりなさい」ということです。医師が親切にわかりやすく説明してくれないのなら、患者さんの側からどんどん説明を求めるべきです。医師の機嫌を損ねるのではないかなどと、ためらう必要はありません。
あなたや大切な人の命がかかっているのです。
アメリカの患者さんは、物事をはっきりと言う国民性や高い医療費を支払わなくてはならないということもあり、「本当にこの検査は必要なのですか?」とか、「私の病気に関して、先生はどれくらいの実績があるのですか?」と、はっきり聞いてきます。
ですから、日本の患者さんも、医師にかかったら必ずよく説明してもらうことです。「薬を出しておきますから、きちんと飲んで様子を見なさい」と言われて、もし不安なら、それだけで終わらせてしまわないことです。
私は、必ず脳の絵を描いて、「今、あなたの脳の中はこういう状態になっていて、今のところ手術をするほど重症化していないので、これまでと同じようにこの薬で十分だと思います。病状が進行したら、手術ならこういうことをして、放射線治療ならこういうことをすることになります」と、その時点でわかっていることはすべてお話しします。 何度も申しますが、医師は親切で誠実、奉仕の精神で患者さんに接しなくてはいけないのです。もし自分がかかっている医師がそういうタイプでなければ、強い患者になって、知りたいことを自分のほうから聞くようにしてください。それに対し、誠実な対応をしない医師に、治療をまかせるべきではありません。
▼医師は病気の目利きで、患者さんは医師の目利き
アメリカでも日本でも、私の患者さんのなかには、外来診療を受けるときに毎回テープで会話を録音する方がいます。もちろん、私はそのことを不愉快には思いません。それどころか、「この人は、自分の病気に真正面から向き合おうとしている。私も真摯に応えなくてはいけない」と改めて思うのです。
あなたのかかっている医師が、本当に「3S」をもっているかどうかを確かめるのは簡単です。医師の説明を聞いたあとで、
「先生、今の先生の説明のなかで、この点がわからないので、もっと説明してください」
「先生は、この病気の手術を何例しましたか?」
「手術の成功率と合併症の発生率はどれくらいですか?」
「もし先生や先生のご家族がこの病気にかかったら、どの先生に治療を託しますか?」
これくらいシビアな質問をぶつけてみるのです。日本人は、こうしたことを医師に聞くのは失礼だ、不躾だと思いがちですが、その考えは今日からぜひ改めてください。
そう聞かれた医師が、怒り出したり、あやふやな答えしかしなかったりしたら、その医師は信頼できませんし、しっかりした医療技術も持っていないと考えられますので、受診をやめたほうがいいでしょう。 私は、自分の患者さんがもし私の専門外の病気なら、「これは私の専門ではないので、○○病院の△△先生に一度診てもらうといいですね」と、ほかの専門医師を紹介します。それが医師としての務めだと思います。
▼ セカンドオピニオンで医師の本音がわかる
私は診断を下し、病気のこと、現在の病状、どのような治療を私が考えているかなどを、わかりやすく患者さんに説明したうえで、自分がその症例をどれだけ扱ったかというデータをお渡しします。そして同時にセカンドオピニオンを受けることもすすめています。
例えば、もし聴神経腫瘍の患者さんがいらした場合は、「私が行った聴神経腫瘍の摘出手術の患者数が今まで1200人で、これまでの20年間で亡くなったり、重篤な合併症を引き起こしたりした方は1人もいません。ただ1~2%に多少の顔面麻痺やふらつきが残ることがあります」というようなデータを伝え、そのあとで他の聴神経腫瘍の専門医にも診察してもらうことをすすめるのです。
日本でもようやくセカンドオピニオンが理解され始めてきて、セカンドオピニオン科という外来を設ける病院も出てきました。しかし、実際にセカンドオピニオンを積極的に受けようという人は、残念ながらまだ少数派というのが実情のようです。
かかりつけの医師に「セカンドオピニオンを受けたい」と告げることにためらいを持つ人が多いでしょう。意を決して医師に話したときに、「セカンドオピニオンを受けるのは勝手ですが、よそへ行くなら、もう私のところには来なくて結構です」などといい放つ不親切な医師がいるのも事実です。
そこまでひどいことを言われないまでも、セカンドオピニオンを受けるために必要な臨床サマリー、カルテ、CTやMRの写真を渡さないという例はたくさんあります。
しかし、こうした医師や病院は、あなたのほうから「さよなら」を言ってください。
自分の診断や治療方針に自信ある医師であれば、また、病気の主役は患者さんであることを理解している病院であるなら、このような対応は絶対にとりません。セカンドオピニオンを受けたいということを医師に切り出すことも、その医師が3Sをもっているかどうかを見抜く、有力な判断材料になります。 そして、もし治療が難しい病気の場合は、自分で納得できるまでサードオピニオン、フォースオピニオンを受けるべきでしょう。
”すべては患者さんのために”をモットーに世界中で活躍し、日本でも”神の手”として数々のメディアに登場する脳外科医・福島氏が、日本医療の数々の問題点に鋭く斬り込む!
第1章 こんな医師にあなたの命は救えるのか!?
第2章 能力のない医師が増えていく日本のシステム
第3章 日本は先進国最低レベルの医療費国家だ!
第4章 日本の脳外科医に伝えたいこと
第5章 賢い患者が名医に出会える!
おわりに すべてを患者さんのために