神の手と、やさしい手 ― 福福島孝徳先生のこと

福島孝徳先生

福島孝徳先生は、脳神経外科の世界で「神の手」と呼ばれた医師である。
小さな切開から脳深部の腫瘍を取り除く術式で、世界中から患者が集まった。

私が初めてお会いしたのは、とあるお寿司屋さんでのミーティングだった。
ある仕事で、ある方の代理として参加したのだが、
そこで、わけもわからないまま先生に叱られた記憶がある。

先生によると、その方に頼んでいた仕事が達成されていないという。
なるほど、だから自分が「代理」としてこの場に呼ばれたのか――と、そのとき理解した。

当初の先生は、かなりの剣幕だった。
「こんなふうにお願いしたのに、なぜできていないのか」と、
寿司屋であることも忘れて、真剣な口調で話し続けていた。
依頼への期待が、それほど大きかったのだと思う。

しかし、そのとき私は、先生の話を聞きながらも、
二人の前に次々と寿司が並んでいくのが妙に気になっていた。
ほかのお連れの方々は淡々と寿司を食べているのに、
私と先生の前だけ、寿司が手つかずのまま並べられていく。
お店の大将も、寿司が乾いていくのを心配そうに見つめていて、
その表情がいまも記憶に残っている。

若い大将が、先生の到着前に
「福島先生に腕を見せたい」と意気込んでいたことを知っていたので、
せっかくの機会なのに申し訳ない、と心の中で思っていた。

やがて先生も、寿司が手つかずになっていることに気づいたようで、
「うまいよ!」とどこか作ったような笑顔で寿司を頬張り始めた。
先生は一度集中すると、完全にその世界に入る。
今思えば、それも先生らしい。

その「隙」を見計らって、私は意を決して話を始めた。
先生の要求が容易ではないこと、その理由、
そして達成のために必要な手段と期間について、正直に説明した。

すると先生は、すぐに「なるほど」とうなずき、
「そういうことか。それは無理だな。すまん」と、あっさり謝ってくださった。

その瞬間、私は完全にファンになった。

まったく専門外の話を一瞬で理解する洞察力。
そして、自分の半分ほどの年齢の人間に対して、素直に「すまん」と言える潔さ。

私は心から先生の役に立ちたい、と思った。
それがきっかけで、その後十数年にわたるお付き合いが続くことになる。


長くお仕事をご一緒する中で、ある日、仕事が一段落したとき、
先生がふとこんな言葉をかけてくださった。

「きみの仕事のおかげで(間接的に)救われた人もいるんだよ。ありがとう。」

不意に言われたその一言が、いまも胸に残っている。

私の仕事は医療ではない。
それでも先生は、その先に「人を救う」という意味を見てくださった。
自分の半分ほどの年齢の人間に「ありがとう」と言える人だった。
あの寿司屋の「すまん」と、同じ場所から出ている言葉だと思う。

福島孝徳先生

先生の毎日は、まさに「人を救う」という生き方そのものだった。

私との打ち合わせの前後でも、患者さんの情報を確認し、手術方法を検討していた。
手術以外にも、器具の改良、後進の教育、医療環境の整備、検診の呼びかけ。
常に、「どうすれば人を救えるか」を考え続けていた。

先生はよく、「1年の365日、1日も休まずに、全力で患者のために尽くす」と口にしていた。
その言葉は比喩ではなかった。実際に、そう生きていた。
深夜まで手術の振り返りや講演の準備を行い、
翌朝は早くから休みなく数件の手術をこなす。
「働く」というより、「使命を生きている」という言葉のほうが近い気がした

・・・

先生が遺したのは、技術や実績だけではない。
人を救おうとする者が持つ「覚悟」と、その奥にある「やさしさ」だった。

・・・

――などと、もっともらしく書いてはみたが、
先生のことを思い出すと、まず浮かぶのは、
あの日、乾いていく寿司を前に「うまいよ!」と頬張った、
どこか作ったような、あの笑顔である。
思えば、あれが、「やさしい手」だった。


〈筆者〉

影山 英志
株式会社アークタンジェント代表。企業のコンテンツ制作・マーケティング支援を手がけている。
福島孝徳先生のお仕事に、一スタッフとして十数年関わらせていただいた。


2025年9月30日