
夕方の6時に待ち合わせて、先生が来たのは夜の10時近くだった。
先生との打ち合わせは、手術の後に組まれることがあった。
ホテルで会うことがほとんどだったが、時間が取れないときは病院になる。
手術がいつ終わるかは誰にもわからないから、何時間も待つことになる。
先生と仕事をするというのは、
待つことと見つけたり、と言ってもいいくらいだった。
その日は手術準備室のような場所で、秘書の方と話しながら待っていた。
雑談が尽きてもまだ先生は来ない。
秘書の方も慣れたもので、特に焦る様子もない。
私もそのうち、ぼんやりと部屋を眺めていた。
そういう時間に、先生の検討資料が目に入った。
手術前のスケッチだった。
先生の絵が上手いことは前から知っていた。
目の前で描いてくれたこともあった。
ただ、そのとき目に入ったスケッチは、
それまで見ていたものとは別格だった。
色分けされていて、構造と位置関係が一目で整理されている。
私は以前、建築設計をしていたことがある。
図面は自分でも引いてきた。
その目で見て、施工図に近いものだと思った。
現場でどう納めるかが描いてある図面。
構造のおさまりが明快で、教科書に使えると思うほど精密だった。
先生がようやく現れたのは、それからしばらくしてだった。
「一発で完治できた」と言いながら入ってきた。
手術がうまくいったときの先生は、本当に上機嫌だった。
その上機嫌に乗じて、私はスケッチのことを口にした。
「先生、あのスケッチすごくわかりやすいですね」
先生のスイッチが入った。
目を輝かせて、解説が始まった。
この場合はここをこうやって、
ここらへんを注意してこうすると、
そうするとリスクが下がるのだと。
先生の説明はいつもそうだった。
適当ではないのだ。
こちらのわかる言葉を選んで、手順とリスクまで丁寧に話してくれる。
質問すると、さらにちゃんと答えてくれた。
ただし、もう夜の10時を過ぎている。
うっかり質問してしまうと、先生は律儀に答え始めてしまう。
先生の説明があまりに丁寧で面白いので、つい聞いてしまうのだ。
こちらも悪い。何度かそうやって藪蛇になった。
時計の針が進んでいく。
先生の手は、紙の上を動き続けていた。
ここはこう、ここはこう。
色分けの一つひとつに意味があって、線の一本一本に理由があった。
先生は、ものすごい量の知識を身につけて、
さらにものすごい数の経験を重ねると、
見えない部分も見えてくるのだと言っていた。
あのスケッチは、
先生が頭の中で何度も組み立て直したものを、
紙に描き出したものだったのだろう。
あの数本の線と色の中には、
何度繰り返したかわからない予習が詰まっていた。
先生は、見えているものを自分の中に閉じない人だった。
紙に描き、相手のわかる言葉に直し、
夜の10時を過ぎても手を抜かずに渡してくれた。
コンテンツ屋の私にすらそうしてくれたのだから、
患者さんにも、若い医師にも、
先生は同じようにしていたのだと思う。
藪蛇になるとわかっていたはずなのに、
私はあの夜も、つい質問してしまった。
過去記事
〈筆者〉
影山 英志
株式会社アークタンジェント代表。企業のコンテンツ制作・マーケティング支援を手がけている。
福島孝徳先生のお仕事に、一スタッフとして十数年関わらせていただいた。