神の手と、一枚の写真――福島孝徳先生のこと

福島孝徳先生

福島先生は、一年の半分以上を海外で過ごしていた。
アメリカを拠点に、ヨーロッパ、アジア、中東と、
各国の病院に招かれて手術を行い、若い医師に技術を伝え、
また次の国へ飛ぶ。
そういう生活を、何十年と続けていた。

私の仕事のひとつは、その活動を先生の公式サイトで紹介することだった。
海外での手術や講演の様子を、先生の秘書からメールで受け取り、
記事にまとめてサイトに掲載する。
何年も続けてきた、日常の業務である。

先生から直接電話が来ることは、そう多くなかった。
あるとすれば、急ぎの用件。
誰かへの感謝を伝えたいとき。
それから、ごくまれに、よいことがあったとき。

十数年のあいだに、先生から何度か「三つ目」の電話をもらった。
その中でもいちばん記憶に残っているのが、この一本である。

いつもなら、秘書の方から写真と簡単な説明が送られてきて、それで終わる。
こちらはそれを確認し、サイトに載せる。そういう流れだ。
けれど、その日は違った。
先生本人から、あとを追うように電話がかかってきた。

先生は、いつもの機嫌のよいときの声で、こう言った。

「ローマ教皇に会ってきたよ。イタリアでのことを、とても感謝してくれてね」

弾んだ声だった。
先生はイタリアでも多くの患者を手術しており、
教皇とはその縁で面会が実現したようだった。

私は電話を聞きながら、届いていた写真を確認した。
先生とローマ教皇フランシスコが握手をしている一枚。
電話の向こうで先生はまだ話し続けていたが、
私の頭はもう半分、いつもの段取りに入っていた。

先生にとっては特別な一枚だったのだろう。
けれど私にとっては、何百枚と扱ってきた活動写真のうちの一枚だった。
いつもの通り、サイトに掲載した。


数日後の夜、携帯が鳴った。
画面に先生の名前が出ていた。
この時間に先生から直接かかってくることは、まずない。

「海外で変な報道になっている。いったん記事を下ろしてくれ」

正確な言葉は、もう覚えていない。十年以上前のことだ。
ただ、数日前の弾みはどこにもなかった。

先生は教皇と握手をしただけだ。
けれど、何かが大ごとになっている。
電話の声で、それだけはわかった。

電話を切ると、すぐに対応に入った。
該当の記事を確認し、写真を下ろす。
作業としては、いつもの更新と同じである。
ただし今回は、夜中だった。


翌朝、事の全体が見えてきた。

発端はイタリアの日刊紙だった。
「日本人脳外科医が教皇を診察、脳腫瘍を発見」と一面で報じたのだ。
記事はたちまち世界に広がり、
日本でもヤフーニュースに掲載された。

もちろん、先生は教皇を診察していない。
先生自身が「教皇を診察したことは一度もない」と声明を出し、
バチカン側も報道を全面的に否定した。
先生は教皇に会い、握手をしただけだ。

けれど、「神の手」が教皇と並んでいる写真は、
それだけで十分な火種になった。

世界中で何万もの命を救ってきた人が、
握手写真一枚で、こんな騒ぎに巻き込まれている。
先生にとっては、ただうれしかっただけの一枚だ。

これが「神の手」という名前の重さなのだろう。
先生が誰かと握手をする。ただそれだけのことが、世界を動かしてしまう。
先生自身は、そんなことを望んでいたわけではない。
ただ、うれしかったのだ。


その後、この件について先生から連絡はなかった。
たぶん、次の手術の準備に入っていたのだと思う。

私が今も覚えているのは、騒動の大きさではない。
夜中の電話でもない。

「イタリアでのことを、とても感謝してくれてね」

そう話していた、最初の声である。

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〈筆者〉

影山 英志
株式会社アークタンジェント代表。企業のコンテンツ制作・マーケティング支援を手がけている。
福島孝徳先生のお仕事に、一スタッフとして十数年関わらせていただいた。


2026年4月30日