脳疾患一覧

聴神経腫瘍とは

聴神経には聴覚を司る神経(蝸牛神経)と平衡感覚を司る神経(前庭神経)があります。これらの神経のシュワン細胞から発生する腫瘍、神経鞘腫を聴神経腫瘍と総称しています。聴神経腫瘍と呼ばれる腫瘍のうち99%は前庭神経から発生する前庭神経鞘腫です。神経鞘腫は良性の腫瘍であり腫瘍の成長速度がゆっくりな腫瘍でありますが、その反面、周囲の神経、脳に対しての影響もゆっくり進行してくる為、症状が出にくい、症状(難聴や耳鳴り)に気がつきにくいという性質もあります。

また、神経線維腫症(Neurofibromatosis type-II,NF-II)の場合、両側の聴神経に神経線維腫が発生します。この場合発生する神経鞘腫は良性なのですが、通常の神経鞘腫とは少し性質が違い、腫瘍が常に大きくなり続けるという状態が続きます。聴神経腫瘍の2-4%の頻度で、このNF-2の患者さんがいらっしゃいます。他の神経鞘腫や髄膜腫、神経膠腫を合併する事が多いというのも特徴です。

腫瘍の増大は悪性腫瘍のように早くはないのですが、何度も腫瘍を全部摘出してもまた再発し、徐々に両側の聴力を失ってしまいます。原因遺伝子は判明しているものの、根本治療が無く、手術を行うタイミングには十分な検討が必要になります。

Dr.福島孝徳が解説する神経腫瘍

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聴神経腫瘍の主な症状

聴神経腫瘍の症状で最も多い症状は感覚性難聴です。蝸牛神経は非常に繊細な神経で腫瘍が小さい初期の段階から難聴が始まります。しかし先に述べたように片方の難聴は症状として自覚しにくい傾向にあり、健康診断で聴力検査をしてはじめて気付く場合も少なくありません。

他の症状としては耳鳴り、腫瘍が大きくなってきた場合はめまいやふらつき、更に腫瘍が大きくなってくると小脳を圧迫するだけではなく腫瘍の影響で、交通性水頭症(脳の周りを回っている髄液の流れが悪くなり髄液が停滞し脳室が拡大してしまう状態)からくるふらつき、平衡感覚喪失、頭痛などが症状として現れます。

また聴神経と並走する顔面神経を圧迫してくると、顔面麻痺が起きる事もあります。この小脳橋角部という場所には脳幹から出てくる多数の脳神経があり、その神経に腫瘍の圧迫が及ぶと、三叉神経痛(顔の表面に激痛が走る)、嚥下困難(飲み込みが悪くなる)、嗄声(声がかれる)、複視(物が2重に見える)といった症状も出る事もあります。

聴神経腫瘍の検査

初期症状は難聴、耳鳴りなどの耳から来る症状が多く、聴力検査から難聴の指摘があり、MRIを取り発見されケースが多いです。実際診断には造影MRIでの診断が最も重要になります。現在のMRIは非常に細かい腫瘍まで発見する事ができるようになりました。腫瘍サイズが1cm未満の腫瘍も発見できるようになっています。聴神経腫瘍は内耳道と呼ばれる、小さなトンネルの中から発生するため、腫瘍が大きくなると内耳洞の拡大が認められる事かあります。造影、単純CT検査でも腫瘍の存在を指摘できますが、周囲の神経との関係、腫瘍の性状など詳細な情報を得るにはMRIの検査が必要になります。

聴神経腫瘍 MRI画像 手術前と手術後

腫瘍が小脳、脳幹、顔面神経に癒着している場合は無理に腫瘍を剥がさない事が重要である。

他の腫瘍の可能性

小脳橋角部に発生する腫瘍の種類は約30種類以上あります。良性の腫瘍から悪性の腫瘍まであり、画像診断だけでは診断がつかない事もあります。画像診断からある程度の腫瘍の絞り込みは可能ですが、最終的に診断を確定するには腫瘍組織を取ってきて詳細な病理検査を行わないと診断はつきません。手術後に腫瘍の種類によっては治療方針を変える必要がある場合もあります。

治療

良性の腫瘍ですので腫瘍の増大スピードはゆっくりしているものですから、腫瘍が小さい場合は手術を焦る必要はありません。経過観察という治療選択もあります。また病院によっては小さい腫瘍の場合、サイバーナイフ、ガンマナイフでの治療を進める施設もあります。

ですが、頭蓋底腫瘍の項目で私の腫瘍の治療方針を少し述べましたが、若い年齢の患者さんの聴神経腫瘍に関しては腫瘍が小さくても手術での治療をお勧めしております。腫瘍が小さい場合ガンマナイフでの治療の選択もありますが、その後大きくなってきてしまう腫瘍もあり、ガンマナイフの治療の後の腫瘍は、周囲の神経との癒着が強くなり、さらに大きくなってきたから手術をするとうい方針であるため、手術の難しさは格段に上がってしまうのです。

小さい腫瘍であれば、周囲の神経(一番需要な神経は顔面神経、次に蝸牛神経です)の機能を残す為には、顔面神経、蝸牛神経に損傷を加えないように手術をしながら、腫瘍を全摘しなくてはならないという事です。小さいうちであれば神経との癒着は少なく全摘出できる可能性が大きく、手術時間も短く手術を終える事ができます。しかもその後再発のリスクも非常に少なくなり、いわゆる「手術一発全治」が可能になるのです。特に60歳以下で聴神経腫瘍が発見された場合は手術治療をお勧めしております。年齢が高くなると、手術自体がリスクになってくるので、治療の選択は慎重に行う必要があります。

この手術での一番重要な事は顔面神経の温存です。顔面神経が損傷してしまうと術後片側の顔が歪んでしまい、目が閉じられなかったり、口が歪んで口が閉じられなくなったりしてしまいます。腫瘍を摘出する事も大切なのですが、手術後に顔面麻痺を残さない事が最も重要と考えております。

腫瘍が大きく顔面神経に癒着が強い場合は腫瘍の全摘を目指さず、亜全摘(顔面神経や脳幹など重要な構造に癒着してしまっている腫瘍は無理剥がさず、腫瘍のカプセルの表面一枚を残して、合併症を起こさせない手術)を心がけるようにしています。

蝸牛神経は非常に弱く、ほんの少しの力が加わることで聴力は無くなってしまいます。腫瘍が既に大きくなっており、蝸牛神経に力が加わってしまっている場合は、聴力温存は難しくなってしまいます。聴力保存の手術に関しては、具体的なサイズは腫瘍サイズが20mm以下(あくまで目安です)で、さらに手術前に聴力低下が無い場合のみ、蝸牛神経(聴力)の温存が可能と考えております。(稀に術後聴力が回復する冷もありますが、非常に稀です)もちろん、20mm以下でも腫瘍の伸展具合や、周囲との関係が悪い場合は聴力温存が難しい場合もあります。腫瘍が大きくなればなるほど、また腫瘍が癒着を起こし、出血しやすい腫瘍になっているとこれら神経の温存が非常に難しくなってしまうのです。

上に記した手術治療方針に関しては、現在までの様々な論文と、私の今までの約2000例の聴神経腫瘍の手術の経験から得た治療方針です。手術の治療を選択するかどうかは患者様次第です。きちんとした情報を提供して、手術をする事、しない事で得られる利益と危険性をしっかりとした話し合いのもとで手術治療を行うか選択していただければ良いかと思います。

聴神経腫瘍 MRI画像 ガンマナイフ後2年で腫瘍増大

ガンマナイフ後2年で腫瘍増大